Bawn, Kathleen and Michael Thies. 2001.

"A Comparative Theory of Electoral Incentives".
Paper prepared for the Annual Meetings of the American Political Science Association,
San Francisco, CA, August 29-September 2, 2001.

 Denzau and Munger(1986)で発表された議員行動モデルを応用して、異なる選挙制度のもとで議員の
選挙における誘因がどのように変化するかを論じた論文。数理的アプローチに基づいており、実際の選
挙データは利用されていない。言及されている選挙制度を大別すると、小選挙区制(SMD)、比例代表制
(PR)、両者の混合制(Mixed Member System、以下MMと略称)となる。また比例代表制については拘
束名簿(closed list)式か、非拘束名簿(open list)式かの区分が本稿の文脈においては重要である。
 得られた結論は
(1) 拘束名簿式比例代表制は小選挙区制に比べて、候補者を組織されない投票者よりも利益集団に対し
    てよりresponsiveにする。
(2) この違いは小選挙区投票における個人投票の要素が弱まると小さくなる。
(3) 混合制における比例代表で選ばれた議員は、純粋な比例代表制で選ばれた議員よりも組織されてい
   ない投票者に対してよりresponsiveでないかもしれない。
というものである。
 彼らのモデルの特徴は、候補者の党内における選考過程をモデルに組み込んだことで、小選挙区、拘
束名簿、非拘束名簿のいずれのルートを候補者が通るかによって、選挙戦略が異なってくること(利益
集団に依存した選挙をするか、組織されていない有権者に広くアピールするか)を数理的に分析してい
る。
 比較的シンプルな(つまり私でもある程度はついていける)数理モデルによって、議論は展開されて
おり、数理政治学への導入教材としてもいいかもしれない。
 ただこの種のモデルというのは反証可能かと考えるとそうではないように思える。現実においてこの
モデルから逸脱する事例が出たことによってこのモデルが破綻するとは考えにくい。このモデルがout
of dateになるのは、モデルの中の論理的整合性に問題が発見された場合か、より洗練された新しいモ
デルの登場によってか、あるいはこのモデルが排除したポイントを組み込んだより包括的なモデルの登
場によって、であろう。
 実証分析に応用するとするなら、このモデルから逸脱する事例を発見して、逸脱の理由について分析
するということになろうか。
 またこの論文では日本のいわゆる中選挙区制、あるいは大選挙区制などについては直接の考察の対象
からはずされている。基本的に小選挙区制と比例代表制、およびその混合制度のみを対象としているが、
モデルの基本形はこれら除外された制度について考察する上でも有益と感じた。Michael Thiesは日本
語も堪能で、日本政治にも詳しいのでこの点についての論稿が現れる日も近いか。

 なおこの論文は、University of Michigan, The Center for Political Studiesが主催する
Workshop for Formal Theory and Political Institution (Oct.25, 2001)において、Kathleen
Bawnによって報告された。
(余談)Kathleen Bawn教授は、明るくはきはきしたとても感じのいい女性でした。
 

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