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2003年8月


8月22日(土)

 ただいま,テキサス州はダラスという街におります.おかげさまで15日にはAnn Arborを
なんとか無事に撤退致しました.お世話になった皆様にはただただ感謝です.
 しかし一時はどうなることかと思いました.14日の夕方の停電のとばっちりで移動準備
が進まず,翌日になっても午前中はまったく電気なし.日本に荷物を送ってもらうヤマ
ト運輸さんは来てくれるかどうか,レンタカーを借りられるかどうかもわからず気が気で
はなかったのですが,まずヤマトさんが定刻に来てくれて一安心.そしてレンタカーの方
もOKということでなんとか午後3時には家族全員車に乗って,当日の宿があるインディ
アナポリスを目指すことができました.しかし途中,大雨に降られ視界不良という状態が
数回.なんとか宿に辿りつき,酒も口にすることなく熟睡.
 以後はインディアナポリス→メンフィス→ニューオリンズ→ヒューストン→オースティン→
ダラスと移動してきました.1回大雨に降られいよいよメンフィスに,というさなか,車のフロ
ントガラスに何かがぶつかってヒビがはいりました.このヒビは徐々に拡大中で,最後まで
フロントグラスがもってくれるかどうかやや心配しています
 今後の旅程はダラスにもう1泊.以後エルパソ→グランド・キャニオン→サンディエゴ→ロ
スアンジェルスで,L.A.から関空に飛びます.
 それにしてもニュー・オリンズは楽しかった.あのまま酒とジャズに浸っていたかったなあ.
オースティンでは,テキサスの大学院に留学中の3人の学生さんとも会えたし.
 問題は高速インターネット環境が予約した宿になかなかないことで,電話回線は結構簡
単に切れてくれます.自分1人ならもうネット接続のない宿には泊まりたくありませんね.
そういうわけなので,ダラスを離れてからはいつこんど更新できるかは,いささか不明です,
  しかし旅もあと1週間で終わりかあ.早いなあ.


8月11日(月)

 前日は moving sale 2日目.いくらかは売れたようでした.その後,キャンベル先生
のお宅で hot-dog party.もう3回目の参加ですが,いついっても楽しい.キャンベル
先生を始め何人かの方とび会話を楽しみました.楽しい時間はあっという間に過ぎ,
パーティ終了.今度はいつ来れるでしょうね.
 パーティ終了後は弟弟子のI氏のお招きに預かり,ワインを頂きました.このI氏に
は,うちの息子と遊んでもらったり,ピックしたブルーベリーをもらったりと,至れり尽
せりの接待を受けていますが,リターンはどうなりますやら.言いたいことを思う存分
言い,飲みたいだけ酒を飲んで朝を迎えると,しっかりふつか酔いでした.
 午前中は休憩,午後は子供とGallup Parkでペダル・ボート.その後昼寝してしまい
ましたが,その間に引越しの準備は進んでいるようで,子供が大きくなったことのあ
りがたみを痛感するとともに,2年前にこちらに来る前に家内が経験した大変さがよ
うやく理解できました.
 さて,明日は御近所のRachelさんとそこの間借り人だったジェミー(中国人男性)と
最後の晩餐.残っている業務は,家族の本を郵送すること,銀行口座の閉鎖,携帯
の解約,車を売る手続き,引越し業者に若干の連絡,持っていくものと金曜に捨てる
ものの整理,あと1泊分のホテルの予約(カリフォルニア)と言ったところ.
 8月に入ってから飛ぶように毎日が過ぎていきます.

(B.G.M. 「時間よとまれ」矢沢永吉)




8月9日(土)

 8月8日は金曜日.われわれにとってはゴミの日です.この日を入れてあと2回しかない
貴重なゴミの日なので,前日は一生懸命,モノを整理しました.衣類,靴,論文のコピー
などなど多くのものを捨てました.お気に入りだったスーツも思いきって捨ててしまいまし
た.2年間の生活でたまったものを整理するといろいろあります.
 8月8日は妻の誕生日だったということもあって,ゴミを捨てた後は家族で隣のオハイオ
州にある遊園地 cedar point に行きました.ここは全米屈指の過激なジェット・コースター
が売りの遊園地ですが,われわれはできるだけ大人しいものを選んで乗りました.上の
娘は現地校最後の field trip がここになる予定だったのですが,当日体調を崩してこら
れなかったので,彼女にとってはリターン・マッチということになりました.
 朝に出て,昼前に到着,3時過ぎまで遊んで帰途につきましたが,さすが私の妻,やっ
てくれました.彼女の運転でオハイオ・ターンパイクで走っている間,私は寝ていたのです
が,これが失敗の元.目を覚まして運転を代わってみたら,なにか景色がオカシイ.料金
所に行ってお金を払ってみたら,来るときより金額がちょっと大きい.あれ,こりゃ通りす
ぎたなと思っているうちに車は,オハイオを過ぎてインディアナに入っておりました(笑).
思わぬロング・ドライブでしたが,子供を連れていくはずのアイス・クリーム屋がうまい具
合にターンパイクのレスト・エリアにあったので,子供の口はそれで封じました.その後,
車をもう少し西に走らせ,Interstate 69から北へ,そしてInterstate 94を東に戻ってAnn
Arborに帰還しました.
 次の日は午前中に娘を友人宅に車で送り,帰宅後 moving sale.数はあまり売れませ
んでしたが,時計やベッド・マットなどは売れてくれました.でも外の風に吹かれて,本な
ど読みつつ,お客さんを待っている間はとてもリラックスした時間でした.
 そのうち,二人の前途有望な日本人院生がやってきて,「今日はICPSR Summer
Programのピクニックですよ.今から僕らも行くんですけど,山田さんもいかがです?」と
のお誘い.こんな魅力的なお誘いを断る私ではありません.彼らの車に乗せてもらい,
娘と息子を連れてBurns Parkへ.
 行くと顔見知りが結構います.ホット・ドッグをぱくつき,昼間っからビールをグビグビ飲
みつつ会話に花を咲かせました.Categorical Data AnalysisのSimon Chengも来て,いろ
いろ四方山話.

私「受講生に世代間ギャップ感じない?」
Simon 「オマエは教えててどうなんだ?」
 「おれは感じるなあ」
 「おれもだ.彼らが親しんでいる音楽とか知らないしなあ」
 「歳が違うとどうしても共通のidiomが少なくなるからねえ」
などとこの商売ではよくあるボヤキを共有.

 他にも若い院生さんを紹介されたり,これまであまりゆっくり話す機会のなかった人達と
もいろいろ会話.
 しゃべりまくりつつ缶ビールを4,5本頂いたあと,家内から携帯に電話が入り,
「そろそろ帰ってこない?」
「おっしゃ,帰るわ」.
 
 帰宅後なんとか息子と入浴してから,夕食.家内が自分の誕生日のために用意したシ
ャンパンをあけたら,もうだめ.おやすみなさい,でした.
 で,夜中に妙に目が覚めて,こんなもの書いたりするわけです.
 さーって,明日もhot dog partyだ.

(B.G.M. "New Age" by Motoharu Sano)


8月7日(木)

 バタバタしている割りに退去準備はあまり進んでいないような気がします.とりあえず
デトロイト領事館に帰国届を送りました.書式をファックスで送ってもらい,書きこんだも
のをファックスで送り返します.
 今日はノートPCにインストールされていたネットワークソフトをアンインストールしても
らいにISRに行ってから,credit unionの口座を解約してきました.この口座,結局一度
もまともに使わなかったなあ.AAAで保険に入るときに作れと言われたので,作っただ
けでした.
 そのあとはカフェにきて,PCをネットにつないでひたすらホテル探し.Ann Arborを離
れたあと,L.A.まで旅行をするので,その間の宿泊場所を確保することに.でもニュー・
オーリンズの宿はリプライが来ないので,あとで確認しないと.
 合間にAPSAのOrganized Section on Qualitative MethodsのNewsletterを読んだりし
ましたが,これが結構面白い.SymposiumでR. Keohaneが「methodの過大な強調によ
ってフィールドが知的に狭められる,魅力的な問題を排除してしまう」と書いていたり,
別の人がQualitative Methodについてのいろいろなテキストを比較していたり.こういう
ものがでてくるのは,やはりアメリカにおける政治学者の層が厚いということなんでしょ
うね.どうしても日本の学会と比べてしまうなあ.まあ,リソースが違いすぎるから仕方
ないというところもあるけれど.昔,『レヴァイアサン』という雑誌が創刊したときに,創
刊者の1人であられる先生が日本の学会を批判していたけれど,「あの頃の未来に僕
らは立っているのかなあ」ってな感じの現状ですねえ,正直言って(以下自粛).

                                                               (B.G.M. 「夜空ノムコウ」)

8月4日(月)

 本日,日本に本を完全に送付.全部で250パウンド以上,送料は350ドル.朝早く行っ
たら郵便局は開いていませんでした.昨夜のThunder Stormの影響による停電で午後
からの営業とか.で,午後に出なおすことに.午前中は水道局とのアポどり,子供に勉
強をさせつつ自分はメールのチェック.
 午後から郵便局にあらためて行き,荷物を出しついでに住所変更用通知の葉書もも
らってきました.帰宅後はこちらの学校に手紙を書き,学校関係でお世話になった人達
や子供の友人の住所録を作成.そうこうしているうちに夕方になり,御近所で仲良くして
いただいた老婦人を拙宅に招いて会話.彼女は下宿のようなこともしていて,以前は中
国人の留学生(ロー・スクール)と同居していましたが,今度はフランス語を教える先生
が間借りをしにくるとか.若い頃,日本で仕事していたこともあるそうで(東京の夜遊びは
楽しかったらしい),話していてなかなか愉快な人です.
 それにしてもまだまだすべきことは山ほど.衣類の整理はまだ手つかずだし.

(B.G.M. "Down Under" Men At Work)

8月3日(日) 

 撤退準備が続いております.昨日のうちに日本に送る本のパッキングを完了.100キロ
はあります.これを明日朝一番に郵便局に運んで送り,ついでに住所変更届を提出して
きます.夕刻,車を買ってくれるKevin君がきて,手付金を持ってきました.車を売るとき
に必要な書類とか,なーんにもわかっていなかったところをKevin君の御父君にいろいろ
教えていただきました.この御父君は東京の某私大の先生でいらっしゃいます.今後も
お付き合いができそうで,楽しみができました.
 今日,悪天候の中,念願のMotown博物館にいってみたらなんとclose. ガイドブックに
は日曜日は正午からとなっていましたが,entranceには「日曜日はclose」と書いてありま
す.がっかりですが,まあ下見に来たと思うことにしました.Motown博物館のあたりはあ
まり治安のよくない地域があると聞かされていたので,結構緊張していました.実際,車
で走っていて,怖そうなエリア,怖そうな人にも遭遇しましたが,博物館近辺はさほど悪
い雰囲気ではありませんでした.まあ,夜はまた違うのでしょうが.
 そのあと,息子が親友の誕生パーティにいくので送迎.なんだか疲れてしまいました.
今後,すべきことは荷物のパッキング以外には,携帯電話の解約,住所変更届(郵便
局とSecretary of States)をだすこと,外務省デトロイト領事館に退去届を出すこと,水
道局がメータを見にくる日をセットすること,ISRでインストールされたネットワークソフトの
アンインストール,たまった論文の処理など.それに加えて子供の面倒見.そして,L.A.
までの旅程の確定.合間にいくつかの社交.あとなにか忘れていることはあったかなあ.

 

8月1日(金) よごれちまったかなしみに

 朝,カフェに来てPCをネットにつないでメールをチェックすると,なんでもうちの文学部の
学生が広島で折り鶴に火をつけて燃やしてしまい,お詫びの副学長談話がでたとのこと.
心ない所業に声も出ない.というか実際,心がガサガサに渇いてしまっているのでしょうね.
お詫びに広島に鶴を折って送ろうという学生さんもいるようで,それは救いですが(ってか
私も折ろうかな.妻に折り方教えてもらって).それにしても考えなしにそんなことをして,今
ごろ御当人はどんな気持ちでしょうね.犯罪としては軽犯罪かもしれませんが,人としてや
ってはいけないことをやったことのツケをこれから十字架として背負っていかねばならない
ように自分を追いこんでしまいましたね.ある意味,気の毒にと思わないでもありません.
もうちょっと賢かったらそんなこと絶対しなかったろうに.
 しかし,大学でこの事件の対応にあたられる先生方の御心労,御心痛,同僚として察す
るにあまりあるものがあります.まったく他人事ではない.自分が学生主任やってるときに
こんなことが起こったらと思うと,頭がくらくらします(ねえ,T先生).そんなことになりません
ようにとただただ祈るばかりです.この手の不祥事くらい,教員を消耗させるものはありま
せん.本来ならもっと違うことに向けられるはずだったエネルギーが,これによって大きく
奪われます.とはいえ,大学の名誉を守り高めるために,関係者は奮闘されることでしょう.
心からのお見舞いと敬意をここに表する次第です.

 さて,そんな大変な日本はさておいて(こう言えるのもあとわずかなのがカナシイ;_;),こち
らでは愛と青春の ICPSR Summer Program が盛り上がっているようです.今日は,その
Program で Categorical Data Analysis を担当している Simon Cheng 氏およびその彼女と
ランチを食べました.去年は彼女がいなかったのですが,彼は「絶対美人を見つけて妻に
する」と宣言していました.有言実行まったくお見事で,素敵な女性でした.
 彼の専門は教育社会学なので,ぜひちょっと聞いて欲しい話がありました.それは日本
人の政治参加における1つのパズルについてです.他の国ではたいてい高学歴の人は
そうでない人よりも政治に参加するのですが,日本ではそうではない.なぜ日本だけこん
なことになるのか,というのは実はまだきちんとした答えが出ていないというか,浅くしか
掘り下げられていない問題です.日本に帰ったら少しこの問題を自分なりにじっくり考え
てみたいと思っていたのですが,やはり教育社会学をやっている人の意見も聞きたい.
お,Simon いるじゃん,らき!というわけです.彼は大変に関心を示してくれ,今後この件
について情報とアイディアを交換しようということで盛り上がりました.嗚呼,ミシガンに来
て本当によかった(ウルウル(感涙)).嗚呼,帰りたくない(シクシクシクシクシク).

(B.G.M "Hit by Time Shower" Toshi Kubota)

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