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1月23日(水) ガラスのジェネレイション(Motoharu Sano)

 夕べはJohn W. Dower. 1999. Embracing Defeat: Japan in the Wake of World War II.
  W.W. Norton and Company/ The New Press.を読んでから,スパークリング・ワインを2杯
ほど飲んで寝たのだが,なんと今朝4時に目がさめてしまった.で,キャンベル教授のproseminar
に出る準備としてこんなもの を作成.いやあしかしこの本,沢木耕太郎の『人の砂漠』(新潮文庫)
所収の「不敬列伝」や坂口安吾『堕落論』を愛読していた身としては,なかなか燃えるものがありま
す.さて今日はどんな議論になるのかな.院生の人たちが何を言うのか,楽しみです.
  にしても東京裁判で天皇をかばいつつ死刑判決を受けた人たちは,一体何を守りたかったん
でしょうか.私には本当のところ,よくわからないですね.Dowerも彼らについては共感する所がな
かったのか,彼らの動機や思考についてあまり踏み込んだ記述ができていないように思います.
GHQが日本統治の便宜上天皇に手をつけないで利用したというのは,政治的によく理解できる
ように思うのですが,東条,木戸などの人たちについては推測はできてもちょっと自信がないです.
一言でいうと「国体」ということになるんでしょうかね.天皇という虚焦点もしくはブラック・ホールを
中心に日本をまとめてきた以上,天皇制はつぶせないし,適当な後継がすぐには見つけられな
い以上,当時の天皇に手をかけるわけにもいかないというような推察は立てられますが,はたして
本当にそうなのか自信がありません.天皇をかばって死んでいった戦犯たちのincentive structure
ってどんな感じだったのかなあというのが,高度経済成長期生まれの一ノンポリ政治学者の本音
であります.

 このダワーの本には戦後の日本におけるいくつもの欺瞞がでてきます.それにウンザリさせられ
る部分もなくはないのですが,同時にこの種の欺瞞なくして国家というのは立ち行かないものなの
だろうかとも考えます.たとえば岸田秀氏はそういう立場を明確に示している一人ですね.歴史教
科書問題だの靖国神社参拝だの,もとはみーんな,これだもんなあ.

 そうだとするとますます坂口安吾の『堕落論』が精彩を放ってくるように思います.「天皇制を刺
殺し,自らの天皇制を編み出せ.武士道を捨て自らの武士道を生み出せ」ですからね.あてがわ
れた倫理や制度ではなく,自分が生きていく中で自分のルールを決めていけ,そこにしか救いは
ないのだというのが,私が『堕落論』から受け取る重要なメッセージの1つです.これを政治に敷衍
すれば,「体で覚えろ民主主義」みたいな感じでしょうかね.
 自分がどう生きていけばいいのかとか,どう生きていくのかを決めるルールや規範を人任せにし
たから,戦争にも負けたしひどい目にもあったというのが,多分敗戦と戦後復興から日本人が引き
出すべき最大の教訓なんじゃないでしょうか.「そういうことを人任せにしたら何が起きても知らない
よ」と言っちゃっていいのではないかと私は思います.

2002年1月